
境内のご案内



「本 殿」

「拝 殿」

大祐明神岩

「直会殿」

「神楽殿」

日本土着の神祇信仰(神道)と仏教信仰(日本の仏教)が融合し一つの信仰体系として再構成(習合)され、1000年以上続いた宗教現象を示す「神仏習合」時代。明治維新政府が発布した『新仏分離令』は、神仏習合を禁止し、神社の仏教的要素を排除するものでした。具体的には、神社の仏像の撤去、仏具の除去、僧侶が神主や神官に還俗することなどが命じられました。当社の歴史の名残りとして、境内の奥に、大切に安置されています。

大金神
「大金神」(だいこんじん)
陰陽道に由来する方位神の一種で、大金神と姫金神は常に正反対の方位に在します。殺伐を司る大凶神です。
その年の十二支によって、大金神がいる方位(大凶方)が定められ、その方角を犯すと事故や病難など災いが起こると信じられてきました。特に土を動かすこと(動土、普請、修繕など)は避けるべきとされています。

龍神様他諸神
◎「青面金剛」
(青面金剛明王)
(しょうめんこんごう)
◎「八大龍王」
(はちだいりゅうおう)
◎「二十三夜塔」
(にじゅうさんやとう)
など、諸神が祀られています

青面金剛

八大龍王
八大龍王(はちだいりゅうおう)は、仏教の経典である法華経に登場する仏法守護の8体の龍王(竜神)です。インドのナーガラージャ(蛇神)を起源とし、釈迦の悟りを守護した存在が仏教に取り入れられ、中国で土着の龍信仰と結びつき日本に伝来しました。水や雨を司る神として崇められ、全国各地の神社で祀られています。
神仏一体の信仰:
本来はインドの神であったものが仏教の守護神となったことで、日本で神仏一体の信仰の対象となりました。

満月の「月待行事」の記念や供養のために建てられた石碑で、勢至菩薩を本尊として祀り、月への信仰を込めたものです
二十三夜塔

八戸南部藩寄進
悠久のお神輿
「南部左衛門尉直房」(なんぶ さえもんのじょう なおふさ)は、大祐明神の神霊が顕著であると聞き、武運長久・国土安全・漁事満足を祈願したところ、その功験が著しく、領主も深く依拠したため、「直房」の命により毎年8月1日から3日間大祭が行われるようになり、祭りのたびに奉幣使が派遣されました。
天明卯年(1783年8代藩主南部信真の代)には、「藩から豪華な神輿が寄進」されました。これは当時の藩主一族がいかに大祐神社を重視していたかを裏付ける、歴史的遺物です。 八戸南部藩草創期から幕末に至るまで、大祐神社は南部家が国家安泰や領内守護を祈願した、公的な信仰の拠点でした。


